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さて、戻ってきたところで俺の話を聞いてもらおう

しばらく幸せな時間をすごし、しばらく鬱で、しばらくうんざりしていて、しばらく生きる希望があって、俺はブログに色んなことを書いてきた。

もしかしたら俺は、このまんま生きていけるんじゃないかって期待。

俺は自由だって期待。そんなもん、鼻から用意されていないのかも、でも、それは確かにあった。

俺は捨てた。

うんざりしていて、とっとと蹴りをつけたくて、でも何かに期待して、ケルアック、「狂ったように救われたがってるやつ」、そんな風にしか生きれない。

全くもってうんざりするんだ、救われると。

俺は一生、人生変えるほど、うんざりするほど悩むきっかけになった、俺が"クソ!"裏切った女と出会うことは死ぬまでないだろう。

それでいい、それでいいしそれがいい。

ちんたらたらたら誰にも理解されずに部屋の片隅で淡々とmacに小説を書き続け、次のライヴのコンセプト考える人生が一番似合ってる。

俺はあなたたちが大好きだ。

でも俺はあなたたちみたいにはなれない。

あなたたちが間違ってるわけでも俺が正しいわけでもない。

俺は単に、違う。

お帰り、疎外感、って感じだ。ここが好きだ。誰も居ない、誰にも話が通じない、俺はここが好きだ。

俺が他人に心を開いて理解されるときは死ぬときだろう。

それしか人生に希望がない。全くもって、失望して、うんざりしてるときが一番幸せだ。

俺のこと愛してるって?ありがとう。

俺はあんたらが大好きだ、そう、"死ぬほど"な!

ここは良い。まるで光がない。俺ってすっごく生きてて、すっごく光ってる。

なんにも見えないから幻覚で明かりを作ろう。

俺を愛してるなら、通過してくれ。

「くわあつ」についての考察~現代日本社会における、"俺って割りと悪いやつなんやで"自己顕示欲、承認欲求の矛先について~

待ち合わせをしていて20分ぐらい時間が空いた。

20分だと、店に行って何も見ずに帰るぐらいの時間だ。

相変わらず人混みが苦手で吐き気がする。

ビッグステップの前で「かぁーつ」、「かぁーつ」が聞こえる。

「かぁーつ」は一体なんなのか。「かぁーつ」、いや、「くわあつ」だ。正確に言うなれば。「うぇっへんえへん、くわあつ」と言う前振り有りのパターンも時々ある。

大体、「くわあつ」は人混みでよく聞こえる音だ。

銭湯なんか「くわあつ」の連続だ。

どこからか「くわあつ」が聞こえ、それに対抗し、より大きい音で「くわあつ」を鳴らす。

「くわあつ」が聞きたいなら銭湯に行くのが手っ取り早い。

勢いよく「くわあつ」をやり、痰を道端に吐き捨てている人は喉の病気なのか?

「くわあつ」グランプリというのが俺の知らないところで開かれていて、日夜優越を競っているのか?

「くわあつ」っ、「ぺっ」、痰のキレと音のでかさで競いあってるのか?

まるでちんぽがでかいだとか、男の勲章みたいに「くわあつ」の大音響を見せるやつは、痰のキレが悪すぎるのか、爆音により自己の存在を他人に認識させているのか。俺には分からない。

俺は「くわあつ」の正体がいつまで経っても分からない。

201705241700 変化

人それぞれに欲望の容量ってのは決められていて、例えば俺が女にモテまくったところで多分疲れるだけだ。

俺の友達は絶対に女にモテるやつばかりだ。だから俺はそれに嫉妬していたが、実は俺にはこのぐらいがちょうどいい。

と言うより、昔は女の友達が少なすぎたんだろう。いや、女の友達云々以前に、男の友達も少ないんだが。

友達の多いやつは、俺よりも精神の容器が大きくできているだけで、俺が5人友達いて、友達の多いやつが50人でも、多分感覚としては同じなんだろうと思う。

俺の友達は精神が病んでるか、親が腐ってるか、そんなのばかりだ。

俺は恐らくそんなやつとしか友達になれない運命なんだろう。

いつも思う。普通のやつと仲良くしてみたいと。だが、普通のやつの会話の内容はどうしても俺にとってはつまらない。

俺は女と、大学になって彼女が出来てからヤったことがない。ヤるチャンスはあっただろうけど、どうしても欲望よりプライドが勝ってしまう。

会話のつまらない女に合わせて行動してヤれても、絶対に幸せと感じられないから俺は、俺を押し通して、ついてきてくれる女としか友達になれないし、そんなやつは包容力がでかいからモテるのは当たり前で、俺にヤるチャンスはない。

なんの話をしてるんだ?

俺は、俺で居て俺を好きで居てくれるやつとしか友達になれない。

精神的に参ってるときに心配してくるようなアホとは絶対に仲良くなれない。

それに、意味のわからない笑いが生まれる会話も退屈で仕方ないから、群れてる人間と仲良くできない。

さて、同じ話ばかりして友達が居ないことを自己弁護する腐った文章を読ませて申し訳ない。今日の話をしたい。

鬱が抜けきらずに気分の上がり下がりが半端ない。それでも俺は笑う。

ひょっとしてこいつは、"笑って元気な俺以外は嫌いなのか"なんて思ったりするが、実はそんなことはない。みんな、分かってくれている。

なんてありがたいんだろう、と思う。

あれ?また甘えたクソの文章になってしまった。話を変えよう。

 

アンサンブルと言って、楽器を弾く授業があって、先生がギターを弾き出した。俺の好きな先輩と先生がギター、俺は休みでもう一人のやつがベースを弾いて、あとはピアノとドラム。

俺の好きな先輩のギターの音は、感情が爆発してる感じで、ざらざらしている。俺はその音が大好きで、卒業するまでに何かで一回だけ一緒に音楽をしたいと思ってる。

先生とギターのソロをまわしていたとき、俺はものすごくショックだった。

先生のギターは洗練されてて無駄がなく、技術がある。それは当たり前のことだ。スタジオミュージシャンが本職の方だから。

でも、洗練が、精神的な部分を塗り潰してるように聞こえた。

洗練は、感情の起伏をもコンプリートして弾いてる。決してイミテーションにならないが、決定的に技術から来る感情の起伏なのだ。

だったら俺や、若いやつのしている、がむしゃらにぶちまけたソロは一体なんなんだ?

それがダメ、とかはない。才能の違いとかでもない。年を取っても芸術と向き合うときだけ尖ってる人は、俺たちにない経験と達観があって、若いうちはそれにたどり着くことがないように思って悲しかったのだ。

今日は文章のノリが悪い。昨日書いたやつは消した。まるで閃きがない。この今回の記事も消したいぐらいだ。

40歳を越えたぐらいの作家、西村賢太も、ブコウスキーも、達観してる。俺は絶対にああいう風に書けない。

まだまだわからないことまみれで、主観的に物事を見ていて、小説や、文章になりきらない、吐露でしかない、つまらない。

世の中の大抵のやつは、若い頃の方が面白い作品を残してるのはなんでなんだ?

老いた方が経験も、思考も、技術も圧倒的に上なのに。

感情が、老いに勝つことは稀だ。才能ってやつだろう。大抵のやつは達観したときに才能を枯らしてしまう。

もしくは、年老い、疲れ、なにかに妥協する。

何が言いたいのかって?

常に今をキープし続けなければならない。

どれほど自分を客観視出来ても、悩みが解決しても、根本の自分を保ち続けなければならない。

丸くなっても、根本を持っていればいいだけの話だ。

俺は理解してくれる女が居なかった時期と今は少し違うが、本質は同じだ。

あの頃と今も変わらず同じ、なんて嘘臭いこと抜かすやつは、自分が枯れてるか判断出来ないぐらいに何かに妥協して自分を見失ってる。

変わり続けることで変わらずに生きてきた、だったっけ?ニールヤングの言葉だったかな?

俺もそうでありたい。例え、どれだけ苦しくても自分を見失わず生きたいと思うのだ。

201705221224 邯鄲の夢

美味いものを食っても全てがクソになるように、全ての物事、愛だとか恋だとか憂鬱だとか絶望だとか全部が汚く錆びて腐って消化されてクソになる。

恋は愛に変わって愛は妥協に変わって妥協だけがそのまま残り続ける消化不良のクソ。

全ての物事は、過去に位置している。この瞬間はどんどん過去になっていく。昔感じた幸せは昨日見た夢の話ぐらい嘘くさい。

だから今を求めて生きよう、何て言うやつは白痴だ。今がつまらない俺はどうすればいい?

つまらない、つまらないと言ってると全てがつまらなくなっていくよなんて言われたって知るか、俺は事実をのべたまでだ。

楽しくしようとしても楽しくはならない。それは俺が若いからなのか?

愛されたいと思うが、愛されるということは、認識の仕方を変えるしかないってよ、そんなアホな話はあるか?

邯鄲の夢だ、人生なんて、過ぎ去っていって何も残らない。

だから俺は言葉を残すわけだが、好きな女に初めて理解された瞬間を残せずに、こんな、怨み辛みの青臭いアホな言葉を書き続けてる俺は腐ってる。

すべての幸せな瞬間は、徐々に腐っていってて、その腐った過去の幸せに手を突っ込み続けて俺はどんどん腐っていってる。

新しい物事?それは妥協と逃避だ。

ここにもどこにも何もない。でも生きざるを得ない。

腐らない幸せと腐っていってる自分を食ってくれる出来事を探して。

201705211520

タバコの煙が部屋の中で出口を探して留まっている。310円に値上がりしたecho20本の内の1本の内の俺に吸われた葉っぱの自己主張をため息で飛ばして消した。

学校で馴染めない、クソみたいな同調意識に疑問が出て馴染めない、うんざりして自分の居場所を探しライヴハウスをほっつき歩くやつ。

そのライヴハウスの中でのクソみたいな同調意識に疑問が出て馴染めない、うんざりして自分の居場所を探し一人で居ることが一番幸せだと自分の中で無理矢理相反背率を陰陽マークに押し込めて真っ黒に塗りつぶしたクソ。

俺が抱き締めてやる。

俺が嫌いなやつが、嫌いなやつが、嫌いだ。

俺の好きなやつが、好きなやつが、嫌いだ。

俺は、俺が、嫌いだ。俺を好きと言ってくれるお前が好きな、俺が、嫌いだ。

さぁ、孤独ってやつはなんなんだ?

親の離婚もいじめも大した問題には思えない。

俺は、頭の中空っぽのアホが嫌いだから一人を選んだ。

教室の中で会話でかき消されていくクソみたいにちっぽけだが、確かに存在してるアイデンティティとプライドを大切に隠し持ってるやつらも、どこかそのアイデンティティとプライドをさらけ出す場所を見つけ出してなんとか生きてる。

俺は一体どこに行きたいんだ?かといって、一人で居ても退屈だし何かを探して誰かと遊んだり喋ってみたりするんだが。

幸せの総重量が決まってて、それをギャンブルで浪費したやつがホームレスになるのは納得いくが、思い返してこの20年間楽しいことは何一つなかった、だから20年分そろそろ幸せを味わいたいんだが。

あー、自分の思考にがんじがらめになって、つまらない日常を余計につまらなくしてるのはわかってる。

俺は、俺の人生をやり直したいと思うけど、どうせやり直した人生の今、この瞬間、2017年5月21日15時20分も、俺はため息をついてるんだろうな。

 

Miles Davis

マイルスデイヴィスって人の作る音楽が死ぬほど好きだ。

枯葉の入ったSomethin' ElseだとかKind of Blueには興味がない。ジャズの帝王だとか言われてるが、俺が好きなのはBitches Brewからアガパンまでのエレクトリックマイルスだ。

後期マイルスの聞き方がよくわからない、と言う話はよく聞く。黒人のプログレだと思って聞くとものすごく聞きやすい。もしくはファンク。

おすすめアルバムはLive Evilだ。このアルバムは酷評され過ぎてるが、部屋で薄く流しながら本を読むのにちょうどイイ。マイルスでは他のアルバムにあまりない、ブラジルのエルメートパスコアールの起用で少しブラジルのファンクっぽくなっててめちゃくちゃいい。

エレクトリックマイルスの最高傑作は何か?と聞かれたらAghartaとPangeaだと思う。Bitches Brewはまぁ、イイんだけど完璧ではない。アガパンは、圧倒的すぎる。流し聞きをしていてもヤバいと感じる。何が、どう、ヤバイ、とかじゃなくてとにかく聞いてほしい。音楽の一つの到達点だ。

ただ、サックスがめちゃくちゃ下手くそでそれが気になって仕方ないんだけど。フリージャズ、フュージョン、ファンクの融合と、最終的な到達地点だと思う。フリージャズはいわば混沌なんだが、その混沌を混沌とさせたまま完璧に秩序化出来たのはマイルスだけだ。

エレクトリックマイルスをファンクとして受け止めれない、って人は、On the Cornerを聞くべきだと思う。インド音楽との融合でとか、レビューブログでよく書かれてるがそんなことはあんまり気にならない。めちゃくちゃかっこいいファンクをしてる。

エレクトリックマイルスはそんなに好きじゃないし、ジャズ自体が好きじゃないし、そもそもどんな音楽も大体環境音楽として聞いてるようなお前のblogが嫌いだって人にはSorcererとNefertitiをお勧めする。

エレクトリックになる前のアルバムなのだが、フリージャズを少しだけ取り入れ始めてるジャズアルバムなんだけど、マイルスの初期のアルバムに見られる渋さ的な、なんかイメージしてる部分をいい感じでぶち壊してるアルバムだ。一緒にセッションしてるメンバーの作曲曲が多いからだと思う。ウェインショーダーのサックスがクソはまってて最高だ。

どうしても俺、ジャズのマイルスが好きやねん、でも、調べるのダルいし、有名なのは聞きあきたって人はCookin'とRelaxin'を聞くのをお勧めする。マラソンセッションがどうたら言われてるが、そんなもんどうでもいい。かっこいい。

とにかくマイルスは、喫茶店で流れるようなジャズよりも明らかにいい曲書いてて、洗練されてて、曲もいい。だからこそ、家具みたいに部屋に寄り添う音楽としても聞きやすい。ファンクアルバムは聞きながら踊れる上に、本を読むのに邪魔にならない。

 

おすすめアルバム

---jazz miles

ESP

SORCERER

NEFERTITI

 

---electric miles

BITCHES BREW

LIVE EVIL

MILES AT FILLMORE

ON THE CORNER

AGHARTA

PANGEA

 

食事の仕方と育ち方

「君って何考えてるかわからないよね~。」

みたいなこと言われるが、お前みたいなアホにはわからんようなことを考えてるだけ。

今日は土曜日だ。俺はラーメンを食いに行きたい。

ラーメンで思い出した。ブリブリしてる彼女を連れてラーメン屋に入る男の神経がわからない。2年ぐらい付き合ってたらイイかもしれないが、付き合って何ヵ月の女をラーメン屋に連れていく神経がわからない。

ピンク色でフリフリの王女様みたいなかっこうした女が、もやしみたいな彼氏の腕に胸を寄せながら次郎インスパイアから出てきて、「すっご~い美味しかったぁ~」何て言ってるのを見たんだが、本当か?と思う。

あえて私こういうのも食べますよ、にんにくは入れませんが、みたいな。

とにかく飯ってのはものすごく性格が出ると思う。

親がしっかりしてないやつは好き嫌いが少ない。親の手料理をガキの頃に毎日食ってた人間は好き嫌いが多いように思う。

昔家系に多分今からヤれたらな、って顔してる、田舎者臭い、田舎から大阪の大学に4畳半でユニットバスのワンルーム借りてるんだろうなって感じの男と、高校時代は2人ぐらいしかヤッてないくせにサークルでヤりまくってる後輩、って感じの二人組が家系ラーメン店で俺の隣に座ってたんだが、俺にライスが届いた瞬間、ライスを追加注文して、麺の入った状態のラーメンにライスを入れやがって、ずるずる家で食う、ところどころ野菜の浮いてる鍋の〆の雑炊みたいな感じにして食いやがったんだが、見ててものすごく汚かったしそれを隣で見てる女はどう思ったんだろうな?と思う。

飯の食い方が汚い男はものすごく汚く感じる。

俺はうまくナイフを使いこなせないから偉そうには言えないんだが。

おしゃれな飯屋で、これ見よがしに自主企画の映画の台本をあたかも職業脚本家、みたいな体で電話で話してるクソサブいサブカルも見てて哀れだ。

何がしたいんだ?って思うし。とにかく、飯屋での態度でそいつがどんなやつかわかりやすい。

アホはアホな食いかたをするからだ。

ところで俺は鼻炎に近く、よく食べ物を食ってるところで鼻水をかむが、あのティッシュはいったいどうするべきなんだろう?

女と飯を食ってるときにものすごく恥ずかしい。

自分の印象ってのは以外と自分では気づかないものだ。

治してるつもりの自分で良くないと思ってるところは以外と女から見たら可愛かったり、無意識にしてる行動が汚く写ってたり。

まぁ、俺は女にモテないからこの意見は検討違いにもほどがある、とは思うんだけど。