満更でもない

ムカつくことばっかりだ。本当にうんざりするほどムカつくことばっかりだ。どうしようもない。

そんな中で背広をくたびれさせたやつは風俗に行って憂さを晴らすんだろう。

太った女は居酒屋で男を待つんだろう。来ない男を。

ブランドもんのバッグ、パチンコ、競馬、麻雀。人生は暇潰しの連続だ。うんざりとイライラから逃れるために。

酒、薬、虐待、レイプ、存在の否定と肯定。

俺はどうしようもなく道を歩いていた。家についておばあちゃんのポタポタ焼きを食おうとした。

裏面に、「心の優しい人がコンビニで買うものはな~んだ。」と書いていた。

俺は問われたわけだが分からなかった。答えを見ると

肉まん(憎まん)と書いていた。

彼女と二人で笑った。

そういえば昼間、猫でも面白いことがあった。

飼ってる猫は畳の上に身を置くのが嫌らしく、必ず脚を布団、服、本、などの上に乗せる。最近は学校の書類がお気に入りだ。

今日は本当に乗るものが何もなかったらしく、定期券の上に脚を乗せて誤魔化していた。笑った。

人生嫌なことばっかりで死にたいが、たまに、本当極稀にだが笑えることがあって、俺はそれでいいや、と思って死ねない。なかなか死なせてもらえない。

満更でもない夜は、こんな夜なのかもしれない。

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201704151852千鳥橋に向かう電車の中で

JRよ、Fuck、俺はイライラしてる。何に?電車のなかで喚く女への単純な耳障りノイズそれからクソ嫉妬。

汚したいそのメイクだらけのツラ。アホの群れ。電車の中、痛む胸と吸いたいタバコ。

今日はライヴに向かうってのに全然テンションが上がらないろくでもない天気。イライライライラ。どうしようか?どうしようもない。ムカつくことばかりだ。

なにかいいことないかな、と片っ端から探すが、ライヴハウスの近くに美味そうなラーメン屋さんがある、そのぐらいしか良いことはない。

そんなことじゃなくてもっと、爆弾が爆発するぐらいの刺激的なことを求めてる。誰か俺をこの電車のノイズから救ってくれよと。

俺は近鉄からJRに乗り換えることにした。切符を買って駅のホームへ急ぐ。

かわいい女から見える脚がムカつくから急いでる俺は目撃する。

改札に制服を着た高校生が居る。イライラしてて速い動き。

そいつはピタパを取り出して「ビターン!!」ーーイライラのエネルギーを音エネルギーに換算するように、それは音楽だーー改札にピタパを派手に打ち付け、ビッグブラックのドラムラインみたいに機械的な音、人間のイライラを背負いながら俺とは反対方向の家へと連れて帰るであろうホームへと向かった。

俺はノイズのライヴの前にライヴを見た。一音と動作だけで伝えるフラストレーションの塊を。

俺の他にもイライラしてるやつはいる。ジメジメした、止んだ雨の道を歩いてきた天王寺にはストレスとフラストレーションだらけ。

土曜日、俺たち二人は、この世界にムカついて生きている仲間だ。

Dance Missing Tilt

ライヴハウスで好きなバンドを見ていた。タイバンに山の名前のKanchenjungaと言うバンドが居た。

ヴォーカル、ベース、シンセサイザー。何をしてるのかよくわからないがなんとなく見てみようと思って見ているうちにトランスしていた。

強烈だった。ヴォーカルの鷹さんの多彩すぎる表現に、シンセのノイズ、移動しまくるつかめないベースライン。目を瞑ると本当に山が見えた。それは畏敬の念に似た者だった。

そのあと、ヴォーカルの人に話しかけると、Dance Missing Tiltと言うバンドをやってると聞いた。数日後Safariでやるというので見に行くことにした。

一番始めて見たときの正直な感想は、呆気に取られた、だった。ただのよくわからない、とそういうことではない。

4人が各々交わらないジャンベを無我夢中に叩いている。「?」って感じだった。そこに女の人、Voidさんが一斗缶を叩き出した。

マイクなしで叫びながらボコボコにされていく一斗缶。シュール、とも違う本気さ。

段々「?」とかよくわからないとか呆気に取られた、が自分の中で整理されて分かってきた。少しずつ交わり、対話になっていく音楽になっていく。

「直線の、角を飛ぶ鳥、死に絶えて、春の拡がり、白鳥の肝」

というフレーズが10分近くリピートされてライヴが終わった。

ただ、すごいものを見た。「?」などの脳が感じたものを、大抵のライヴでは整理出来てしまう、分析できてしまうが、なんなのかわからなかった。

次に見たのは戦国大統領だったと思う。その時は酔っぱらいすぎて覚えていない。鷹さんがフロアで叫ぶ。正式メンバーの4人以外にも居た気がするが思い出せない。バイオリンが居た気がする。それが正式メンバー4人での最後のライヴだったはずだからあんなに飲まなきゃよかったと後悔している。

ライヴ後にCDをもらった。タイトルはII Lucidity Substance Dimensions。略すとLSD。バンド名もDance Missing Tilt、DMT。

海の音から始まり少しずつ波の音?が狂っていくイントロで始まるこのCDは2秒ほどのピアノの曲、ノイズのアンビエント、テクノ、曲線の~の色んなバージョンを収録している。CDの面には自転車の絵。曲名が盲壁、輪陀。イメージに訴えかけてくる詩。それは作品として完成しているノイズミュージックの数少ない例だと思う。大抵ノイズのCDは家で聞くと退屈なのに起伏と色んな表現に溢れてて退屈せずに何度も聞ける、耳に残るメロディもあるすごいもんだった。デモをゲットできなかったのが悔やまれる。

次に見たのは確か、ホカゲでVoidさんとBirushanahでメタルパーカッションをやってる佐野さんのライヴだったと思う。

メタルパーカッションの密教的な音に被さるヴォーカル。このときは目を瞑ると森を感じた。涼しい5月の森。

次見に行った戦国大統領のライヴではIcoさんとVoidさんの二人だけなっていた。その時はゲストメンバーを加えていたが、衝撃を受けた。

暗黒舞踏に似た女性二人での躍り、設置された赤ちゃんの人形、とにかく、総合芸術って感じだった。視覚に、聴覚に、クる。和太鼓、ジャンベ民族音楽のような音。

全てが全て覚えていない。何回もライヴに行っているから。ベアーズでのライヴは琴を使用していた。ホカゲでは眠たくなった。ぼーっとする、なにか懐かしいギターのきれいな音色。そのあともホカゲで見たと思う。VoidさんはShivaの化粧をしていた。

YouTubeのドキュメンタリー、ライヴ動画、PV。どれもヤバい。自分には意味がわからないが、わかる人にはわかる、そいつが言うに「大根を刻んでいるところは日常、バッドトリップやな、でも最後の地球でモヤモヤを昇華してくれてるねん。」と言っていた。

現在でもあるのかな、mixiのページには「極上のバッドトリップをお届けします。」と書いていた。

エネルギーの放出でもあるし、暴力でもあるし、メディテーションでもあるし、ニヒリズムシュルレアリスム、総合芸術、演舞、相反背律が混沌的に配置されてる。

最近ダダイズムにハマり、日本の前衛美術、それもアナキズムの側面が強いものの資料を集めてるが、DMTは肉体表現に似ている。少し冷めた笑いに似た部分。嗚咽みたいな吐き出し。

言語化出来ない強烈さを求めてライヴに何度も行った。

客に問いかける、意味のわからない強烈さ(意味はわかるんだけど言語にならないもの)をもっとみたい。

今、自分が好きなものの全てはこのDMTが根本になっていると思う。

芸術は、とにかく、一発目のファーストコンタクトの脳を金槌で打たれたみたいな衝撃が面白いと思う。具体の青に赤でデカく○を書いただけの絵、みたいに、理論なんて必要ない。ただただ、頭に金槌を打ち付けるものを見たいし、自分でもやりたいと、久々にYouTubeの動画を見て、CDを聞いて、ドキュメンタリーDVDを見て、そう思った。

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変なやつ

バスケットボールプレイヤーのジョーダンの名言と言うものを見ていた。

「スポーツにおける正しい技術、会社における倫理、心構えといった基本を忘れたら、試合に勝てないし、会社や学校で成績を上げることもできない。」

話が変わるが、ヤバイやつってのは自分でそのヤバさへの自覚がない。昨日先輩と話していたんだが、その先輩は俺と会う前に新入生らと食堂で話していたらしい。とにかくヤバいやつらだったが一緒に居て疲れたと言っていた。

ヤバいだけじゃ俺には物足りない。性格が、キャラクターが、ヤバイやつはもう完成してしまっている。

作品がヤバい天才は、大抵がものすごく真面目な人間だ。例えば、フランクザッパ、ジミヘンドリックス。ザッパは理論に精通しているし、ジミは一日11時間も練習するらしい。

ジョーダンが言う、基本を忘れるな、これなのだ。基本なくして逸脱は不可能だと俺は思う。

逸脱するのはものすごく簡単なことだ。でも、みんな基本を軸にした逸脱ではない場合が多い。

松本人志はシュールな笑い、特殊な笑いを考えてきていて、笑いの歴史を塗り替える企画を何本も編み出している。

もう何年も前に読んだエッセイなのではっきりとした言葉は忘れてしまったが、変なことって別に面白くなくて、いかに常識を知って、そこから離れていくのかが大事だ、みたいなことを言っている。

普通を学ぶからこそ、普通と正反対なことをして異常なもの、を作品に出来る。でも大抵のやつは普通を学ぶのを嫌がる。俺は変だから、と言いたがる。

だから、最近は変なやつが溢れ返ってて、逆に普通のやつが変、な世の中になってきている。

ヤバイやつってのは変、も普通、も意識してないから自分のヤバさに自覚がない。

自分が変だ、とか思ってるやつはヤバいやつには勝てない。だからみててこっけいだ。

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現在までの自分の活動を振り返るその2~道頓掘スカム、Noise M@ster シンデレラガールズ~

ライヴに出るまえに解散したユニットとかは腐るほどある。スタジオでジャムっただけのも言い出せばきりがないので、記憶に残ってて音源があるものを思い出せる限り書き出しておきたい。俺の黒歴史

まずはじめてスタジオに入り、曲も決めず即興で録音したデモ音源を作ったのを覚えてる。そのときに俺がはじめてドラムをやった。どつきながら叫んで、黒いレースの女の呉川がはじめてギターを弾いた。出来た曲を道頓堀スカムって名前にした。没テイクだったが、何年後かに聞き返したらすげえ面白かった。というか、クソすぎて本物のスカム、文化祭の軽音楽部よりひどいものが撮れた。その音源は呉川のテープに入ってる。

そっからデモテープはクソほど作った。アシッドフォークデモを作って配ったが、酷評どころか返事が何一つとしてこなかった。

このころは、よくわからない即興音楽をしてる人たちとよくスタジオに入った。

記憶にあるかぎり、一度関西屈指のスカムドラマーと、瀕死衣料の方にヴォーカルをしてもらい、知り合いのパンク好きなバンド経験ゼロの人に留め具がないだるだるのギター、黒いレースの女のギター、俺がベースでNOISE M@STERシンデレラガールズを組んだ。

ライヴは一度もせずに解散。スタジオ2時間で録音。ビートルズノルウェイの森とかジッタリンジンのプレゼントをやった。はじめの方適当に歌い、そこからはめちゃくちゃ速く弾いて叫ぶ。ドラムはスネアを叩くだけ。クソすぎて最高に楽しかったが二度としたくない。

タブラ奏者の方にドラムをしてもらい、自分がベースでスタジオに入った。奇跡が起こったと言ってもいい。めちゃくちゃいいかんじでストーナーをやれた。20分ぐらい休みなしにジャムってた。それを2本ぐらいやった。めちゃくちゃ楽しかった。

俺が成功したのはそれだけ。次に入ったときはダメだった。なんにもできなかった。

その次はバンドすることになった直後に解散した。何となく喧嘩した。バンド名なし。スタジオなし。

バンドをやるってなってスタジオに入ったが、友達と揉めてすぐに解散バンド名すらない。

ヴォーカルのやつはラップをさせようってことだったがシンセをやりたいとか言い出して大いにもめた。俺はめちゃくちゃ遅刻した。

その次もスタジオなしで解散

このとき、音楽、バンドを組むのは諦めた。

以上、スタジオワークはライヴより酷い。

現在までの自分の活動を振り返る~瀕死のリハビリテーションズ、Annalisa Moscuwa~

とにかく、ムカつく。それだけで音楽を始めようと思った。

はじめてのライヴはクソ下らないサブカルの集まる場所で、リハなしで神戸でインプロバンドをしてた黒いレースの女のギターの子を1週間前ぐらいに誘って二人でやった。バンド名は忘れた。ギターヴォーカルをした。

ディレイとディストーションでグダグダ。音がでかすぎて客にブーイングされた。うっとおしかったからドリンクも飲まずとっとと店を出た。店に連絡すると、もうこないでくれと言われた。それが1回目。

2回目は、火影。ギターとヴォーカル、自分一人でした。曲を書いてなくて、歌詞も覚えてなかったから下の方に張り紙をはってそれを読みながらやった。途中吸ったタバコの煙が目に入って中断。最後の方に友達の女の子に赤痢を歌わせて終わった。最悪だった。もうこのあたりから真面目にバンドをする気がなくなった。

3回目も火影。、同じく、黒いレースの女でシンセをしてた子を誘った。バンド名は瀕死のリハビリテーションズ。瀕死のリハビリテーションズと言う名前でやるとものすごく不吉なことが起こる。このときは前日に火傷。包帯を巻きながらやった。

リハでは裸のラリーズをやろう、それも僕がベースと友達がドラムだけで30分。ギターソロもなしのラリーズということに決まった。

当日に練習に飽きて楽器を入れ換えた。ハイハットとタムとシンバルを1つ退けた。

ライヴ中客がどんどん減って8人が3人になった。全員が知り合いだった。

ぐたぐたで30分やりとおした。

4回目は黒いレースの女とのタイバン。瀕死のリハビリテーションズ。ライヴ前にインフルエンザになった。

会ったこともない子をメンバーに入れてやった。なさけなくて7分で終わった。それではあんまりだからもう一回やったけど5分で終わった。ソロで試しにしてみた。4分とかだった。仕方がないので、会場であるのらまる食堂の店内の楽器、音の鳴るものを客に渡し、俺が歌った。これも7分ぐらいで終わった。

4回目はNO KOBEと言うイベントだったと思う。このときは黒いレースの女にゲスト参加。ヴォーカルをしたが、マイクの音があまりにも大きすぎて他の楽器の音が聞こえなかった。

ここから長い期間、何にもしてない。友達とバス、電車のなかで大声で叫んでて写真を撮られたりしたけど別に活動って訳ではない。

5回目は大学の文化祭。客が居なかった。取り合えず叫んだ。もう音楽をやる気をなくした。

6回目は久々に瀕死のリハビリテーションズをやろうってことだった。でも肺気胸で当日に入院。火傷➡インフルエンザ➡気胸。怖くなって解散した。

6回目、きちんと演奏したのは2回生コンサートが初めてだ。SATTAって名前でジョアン・ジルベルトイパネマの娘の「マァー」って言う部分にエコーをかけて歌った。メンバーは当日決まった。なかなかうまくいったし結構ウケた。

7回目が文化祭でブルース。ベースをやってたけど途中から弾くのが邪魔臭くなって叫んだ。シールドの先っぽに向かってセックスって叫んだ。セックスが文化祭の広場ににこだましていたらしい。

8回目は、自分のサウンドクラウドをかわいい女の子にやってくれといわれてやって見事に滑った。輝きに満ちた天使達ってバンド名だった。芸大の友達に踊らせ、1人はボンゴを赤ちゃんに見立てて抱いてた。先輩は1曲歌った。二度とやりたくない。

9回目が路上ミュージシャン妨害ライブ。新宿で友達と叫んだ。

栃木の友達が「ふざっけんなよ!」って叫んでまぁまぁウケた。警察が来て「大丈夫?」って言われた。このときがAnnalisa Moscuwaの第一回。

サウンドクラウドのアカウント名を何にしようか?と考えあぐねていて、昔のメールアドレスを思い出したのがバンド名の由来。そのメアドを作るときに、PUBLIC IMAGE LTD.のANNALISAって曲を聞いていてANNALISA、そっちはスペルを調べた。MOSCUWAは語呂が良かった。友達に、モスクワの

スペル、MOSCOWやでと最近言われた。そんなかんじで、瀕死のリハビリテーションズよりいい名前が思い付かないし適当にアナリサモスクワにした。

ちなみにこの新宿テロの時点ではダダ集団ANNALISA MOSCUWAだった。

10回目は無善寺。あらかじめ考えてたのは、大阪から2人連れていって4人でやる予定だった。なのによんじゅしか来ず俺は一人で東京へ。ダダ集団は俺がキレて解散。名前を新しくするのがだるいのでダダ集団だけを抜いた。

その時のライヴ、元々はケチャをやりながら友達がケチャップを客に「はい、ケチャップ」と言いながら見せる、弁当を食いながら叫ぶ、を考えていたがなくして、代わりに音楽をすることにした。ライヴハウスだし。

「喫茶エースのテーマ」とかやる曲は考えてたけど練習をほとんどしてないのでグダグダで最悪だった。とっととやってとっとと帰りたかったが、俺が即興でギターのリフを考えてそれに歌詞とメロディを即興で考える、ってのをやることにした。

1発目、開始早々よんじゅがミスして、「もう一回はじめからやります」って言ったけど笑いがゼロだった。

なんだかんだ10曲ぐらい即興でやった。よんじゅは生にんじんをかじりながらギターを弾いた。俺たちだけアコギじゃなくて、「クラシックギター」だった。

11回目は4月20日、難波ベアーズでやります。Annalisa Moscuwaとしては3回目。黒いレースの女のシンセと、リーダーの箱を使う子、友達がギターでセルロイドマーダーってユニットの子がヴォーカル、それからよんじゅがギターとヴォーカルで参加。

それから、23日に心斎橋で路上でなんかやります。お楽しみに。

楽器が上手くなりたい人へ

「8時間練習した!」ってやつは、80年間8時間練習しても何の上達もしない。

自分が楽器に何を表現したいかわかってないやつはどれ程練習しても無駄だ。

上手くなりたい、そんな抽象的すぎる概念を音という、言葉の何倍も抽象的なものにできるわけがない。

音楽とは抽象的な表現だ。ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、で自分の頭の中の考えたこと、経験を表現するわけだから。

最近流行ってるラブソングは作り物過ぎる。匂いも、感覚も、手触りもない。音という、見えないものをリアルにするための音色加工も、使う楽器も、フレーズも、1曲の時間もあまりにも曖昧すぎる。

音ですべてを表せる。川で聞いてた音楽なら、何年後に聞いても川のことを思い出すとか、逆に聞けば風景が出てくる音楽とか。

クラシックなんかまさにそうだ。マーラーの巨人なんか聞くと、巨人があるいてるのを目で見たように見える。

8時間練習する時間があるなら、7時間自分がやりたい、出したい音について考える、あるいは行動し、それを1時間かけて再現すべきだ。

そもそも君の好きな演者は、練習なんてしていない。弾きたいから弾いてるだけだ。

自分のやりたいことを表現するためにはもちろん、昔の人が弾いてきたことの模倣も必要だろう。コピーとか。そういうのを練習って言うのであって、そんなものを死ぬまで何時間もし続けてても意味がないし、そのコピー曲の裏、タイトルに込められた意味、その人が何を表したいのかを考えることが必要だ。

練習より体験しろ。体験して思考しろ。思考して実現しろ。

音楽とは、自己表現、それ以外の意味を持たない。

才能とは、創造者の体験と思考の蓄積の重さで出来上がる。

16時が17時になる5分間 電車

目立ちたくて派手な格好をしてたことがある。大学に入ってしばらくの間。

というか、目立たないように目立たないようにしようとすればするほど目立つからあえてその逆をやればいいって発想が俺のなかで生まれた。

それは失敗した。見事に目立った。が、おかげで人の目が気にならなくなった。

今は、派手ではない、乞色だ。

タイの服を着ている。その中でも比較的、色が暗い。だからとても汚い。ミノムシみたいなやつはさすがに着るのを辞めた。

電車の中で彼女いわく、ものすごく見られているらしい。自覚はしていない。俺の中で一番の服装への気遣いは"人と被らないこと"、"テンションが上がる服装"だ。

友達の仕事を手伝いに行くために電車に乗った。

俺の地元は田舎だ。前に高校生が座ってる。スキニー、キャップ、パーカーから少し出した田舎の高校生。

ダサい。

乗ってきたやつがそいつに挨拶をした。そいつの格好は、スキニーキャップ、パーカーから少し出したシャツ、、。

流行に乗るのはいいが、恥ずかしくないのかな、と思う。

だからって奇抜な格好をするのはアホだ。俺は辞めた。好きな格好をしてりゃいい。

ファッション雑誌のコピーが本当に好きな格好なのかな?と思う。

服装まで人の真似をしだしたら終わりじゃない?と思うよ。自己アピールしろとは言ってない。鏡の前の自分を自分と見てないやつが多すぎる。

知り合いの人は若いときモヒカンだった。それはコスプレや。と言うてた。好きな人と同じ格好になることで自信が出るとかそんなのとか、その格好が好きでやってるんだろう。

俺は疑問に思う。ファッション雑誌の流行りの格好が本当に好きって、マジか?

自分が本当にその格好が好きならその生い立ちとかを探っていくもんだろ?その好きな服装のジャンルのルーツとかは以外と今の一般化した形と変わっているものだ。マークボラン、デヴィッド・ボウイがビジュアル系に変わったみたいに。その自分の好きなのが流行でもいい。でも本当に好きならだんだんルーツに近づいて一般化されてるものとはかけ離れていくと思うんだけどな。

俺はその、黒スキニーの同族意識みたいなのが気持ち悪い。だから、黒スキニー履けば女にモテまくるんだとしても、この全然モテない自分の好きなかっこうしてる方がいいや、と思ってしまう。

白痴の代弁者

「パン屋」がなぜ「和菓子屋」に? 小学道徳教科書広まる誤解

 

このニュースを読んで昼間っから大笑いした。

まぁこのニュースは読んでる限り、いや、あまりのくだらなさにほとんどパラ読みしたんだが、「なんか言われるまえに対策しとけ」って感じだ。

 マスコミが悪いんじゃなくて、見てるやつらがアホだからマスコミはクソになっていく。

マスコミは俺ら、社会の鏡。

読売アンデパンダンは、社会が歪んでた時代に、反芸術の展覧会をやってた。読売新聞が主催になって、歪みを伝えてたってわけだ。

 

ニュースってやつが、マスゴミが、アホに見える?

それを視聴者が望んでる。

アホは正義感を振りかざしてマスコミに"差別発言だ"などとクソを抜かす。

その裏でオカマのタレントを見ながら笑う。

差別発言?差別しないってことは区別しないことだ。お前らの大好きな正義の教科書にはそう乗ってなかったか?

日本の大多数のアホがマスコミに言う理由は、"承認欲求"だ。見てみろよ、Ah?被災地のカメラに写り込む、笑いながらボランティアして、ピースしてるやつら。そいつらに抗議が行ってるとは、俺には思えないんだが?

お前らの存在価値は、その程度か。その程度の正義か。悲しくなんねえのか?他に語るべき言葉はないのか?書くべき言葉は?と、俺はいつも思う。

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猫と女は望んでないときにやってくる。

もし、誰かに理解してほしい、愛をもて余して芸術をしてるなら、いや、その活動の良し悪しなんてどうでもいい、、有名になるなんてクソを拭く紙より訳に立たない、ガンジス川に流れていく蛆のクソ以下、、とにかく、なにか誰かに訴えかけたくて愛されたがって生きてるやつは、誰にも理解されちゃいけない。

苦しみってのはギフトで、解消する度に社会との折り合いがわかっていく。なのに、ガキの頃に理解されてしまったらそっからは何もやる気にならない。ボーッとしてるだけだ。

理解されないってことが理解されてるってことでもある。少なくとも、理解されるのが生きる目的になるから。

30過ぎたら世間と自分に折り合いがつく。嫌でも付き合い方が分かる。その時に理解者、女、愛するやつを見つけるべきだ。苦しまなくても出来るようになったときに。

何てね、偉そうなこと言うけど、"理解者"はお前が欲しがってるときに現れない。去っていってくれればいいんだがそういうわけにはいかない。

猫と女は望んでないときにやってくる。ボードレールだったっけ。

女はな、男友達と笑ってるところが好きやねん。ってのも知り合いに聞いた。実体験でもある。なんで俺じゃなくてあいつが好きなん?って聞いたら「俺と話してて笑ってるとこ」が好きで惚れた、とか訳のわからない話されてフラれた。

理解される、ってのはある意味完結であって、振り出しに戻るってことだ。

俺は彼女に理解されてしまった。理解されることだけを目標に生きてきたってのに、俺はもう生きる意味がない。

吐き出すものも吐ききれてないってのに、吐き気だけ抱えてどうしようも出来ずに立ち止まってる。またやることを探さなきゃいけない。

昔みたいに理解されたい、一人になりたい、って状況で生きたくて何度も別れたが、まぁ無理だった。結局一度理解されてしまうと、相手にうんざりするまでは自分の意思じゃ別れられない。

苦しめる時に苦しんどけ。お前の願望が完成したら、苦しむことは出来なくなる。出し切るまで理解者が出来たら、違う方法で自分の膿を出す方法を考えなきゃならない。それは絶対に、少しずつ流れていく膿で、理解のベクトル向いてるときの鮮血みたいにスピードに乗って飛び出る膿じゃない。

他人にされた肯定は、自分でした肯定よりも嘘臭くてなかなか信じられない。すげえ中途半端なもんだ。

何度も言ってるけど、未完成こそが一番完成された状態だ。

生きる意味は埋めることにある。埋まってしまったらもう死ぬか、もう一度壊してやり直すしかない。

もっと苦しみ、もっと出しきっておけ。徹底的に、死ぬほどな。気が狂うほど。

出しきれたときに自然に出会えるよ。安心しろ。

朝9時32分

ガキの頃に夢見る20歳ってのは、アトラクション、遊園地、ワンダーランド。

20歳になると親に叱られず、彼女もいて、音楽をしてて、学校にきちんと行ってる、そんな感じで、いや、当時からしても、俺には夢のまた夢みたいな日々なんだ、それが。

現在20歳、親に叱られない、ってことがどれだけだるいか。全部自分で決めなきゃならない。自分でレールをひいて自分で進んでいくことのだるさ。

ごもっともだ、適当に引きすぎたレールから車輪が外れてうまいこと進まない電車、うんざりする。

彼女はいるにはいるが、居るのか居ないのかわからない。

音楽はしてる?格好だけの似非ヒッピー。ためいきしか出ねえ。

今遅刻してる。

いつまでたっても自立できないのはあの頃となんの変化もない。回りの景色と若白髪の量だけ増えてくだけ。

20歳が30歳を夢見るときはうんざりすることしか思い浮かばない。

ガキの頃考えた30の俺はもう死んでた。

軌道修正しないとな、そう思いながらまた遅刻。

石橋を叩きすぎて壊してしまう前に、レールしかずに電車の乗客なんて見捨てて一人でゆっくりあるいてるほうがまだすこしは進んでるかもな。

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blank

尊敬ってやつがいかに哀れか。

中島らものエッセイを読んでると、「一般人に近い人がアイドルなりになる時代が来る」って書いてたがその通りだ。

AKBが可愛いか?歌が下手でダンスが出来なくてもアイドルになってる。

そしてみんなそれにあこがれて追従を試みる。偶像崇拝に近い。

俺はとある人を崇拝し、尊敬し、"同化"を試みた。

高校時代某バンドに憧れて歌詞に書いてることをすべて現実で実現した。

女にあまりにもモテないのに歌詞にはセックスについて書かれてあったから苦労した。実際に経験して、歌詞を書いて歌ってる人と同じ気持ちになってやろうと考えた。

その他にもここには書けない色んなことをした。

人生を捧げるって訳じゃないが、いい退屈しのぎになった。

でも、そのうち頭がおかしくなってきた。

ファンってやつは怖い。アイドルが刺されたりしてる。あの心境は俺にもよくわかる。実際に愛ってやつは死に近い。俺の場合は愛ではなくて、完全なる同化だったが。

服装を真似し、発言、言動まで真似した。で、俺は実際にその人に会った。

その人の彼女との会話、ライヴ終わりの姿を見てうんざりしてしまった。

真似をする意味がなくなってしまった。

アイドルなり尊敬する人も、プライベートでは普通の人間だ。俺は神様かなんかだと勘違いしてしまってた。

その瞬間生きてる意味がなくなってしまった。

1年間あらゆる芸術を辞めて、俺は普通の人間になろうとした。

で、そのときに歌詞の意味をようやく理解したし、今俺が聞いてる音楽は偶然にも、その人の好きな音楽と一致していた。バッハ、アシュラテンペル、レゲエ。無理して聞いたりしててものが本当に好きになっていた。

もし尊敬し、同化したいと考えるなら、その人から遠ざかることだ。

自分が自分自身であることが、もっとも神に近い。神に与えられたものが、顔面の皺、性器の大きさ、愛し方、性格、個性だから。

自分が自分であることで、その人に近づくことが出来る。他人は神だ。そして、お前は他人から見れば神だ。

神もクソするし、咳もするし、女に甘える。

お前がクソもするし、咳もするし、女に甘えるみたいに。

すがるものなどこの世の中には無い。

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ダダイストとは2

ダダが滅びた理由に関して俺は、虚無主義実存主義へと変貌を遂げていくのに似ていると以前書いた。

もうひとつあると思う。

確かツァラだったと思うが、いや、ダダイストは言ってるし全員が思ってることだと思うが、ダダは死んだって言葉がある。

何故死んだか?クソ追随者のせいだ。

日本のネオダダが何故ネオダダと名乗ったか。厳密にはダダと離れているからだ。

ダダは無、だ。"作り出す気"などない。そもそもカウンターカルチャー、社会に対する反発であれど、ムーヴメントではない。

虚無感の昇華、それさえ終えれば"終わるもの"なのに、"死んだ"。何故か。

ダダイストを名乗るやつのせいだ。

段々規模が大きくなるにつれ、みんな真似し出す。

メルツバウを作っていたクルトシュビッターズ、俺は好きだがダダイズムに参加できなかった。

クルトシュビッターズは一人でやりだした。でも、メルツバウは成功していることだと思う、だが、そんなやつが増えすぎたんだと思う。

ツイッターを開いていたらミュージックネオダダイズムなんて抜かしてるやつがいた。そいつのツイートを見ていたが、ダダからはおよそかけ離れていた。

ダダはカテゴライズするべきものじゃないし、ダダ宣言は皮肉であり、傍観者でしかない。ダダは名乗る人間が表現を定義するためのものでもない。

ダダイズムは追随者によって死んだ。終わる前に殺された。

ダダは無意味だ。俺は路上で友達とただただ叫んで、ダダを名乗ってたがすぐ辞めた。路上ミュージシャンの妨害、という意味が出来てしまったから。

ダダは何も意味しない。こんな討論無意味だが、ムカつくから書いた。

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BLANK

「誰々みたいに成りたい。」

「誰々を尊敬してます。」

「誰々を崇拝してて。」

ジムモリスン、ドアーズ、俺はあんまり好きじゃないし、詩も読んだが意味があんまりわからなかった。

「俺は人を尊敬しない。」

あとの言葉は忘れたが、そんなことを言っていて、俺はそれだけよくわかる。

ロックスターになりたい、アイドルになりたい。

努力ってやつの正体は、その人がその人であり続けるってことでしかない。

血の吹き出る努力は、その人がそれをしないとこの世の中に何もやることがない、って場合のみやるべきだ。

ひとは、自分にしかなれない。

君が好きなスターは、自分で居続けた結果スターになってたって話だ。

みんな、成功者は、「成功したくて」やってるわけじゃない。

書かなきゃ死ぬ、飯を食うよりギターを弾きたい、その人がその人であるってことは必ずしも有名、と結び付くもんじゃない。

有名になりたくてバンドしてるやつは、有名になったあとはどうするつもりだ?

考えろ、お前って器を。そして、器に一番合うものだけをそっと飾れ。

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腐った朝日

時計仕掛けのオレンジを見てたら9時30分になった。

昨日は徹夜だ。メンヘラがどうだののクソみたいなことをブログに書いてたらやたらとしきりに猫が鳴いてる。

イライラしてきて俺は映画を見ることにした。餌をやったら黙った。

キューブリックとか言う天才のお陰で俺の朝は最高に気分がよかった。外は晴れてて申し分ない。パーカー1枚羽織ればいい、春はすぐそこに来てる。

猫は寝ているし静かでのどかな朝だ。今日はなにしよう、って前向きに考えられる気分だ。夜はどうしようもなく憂鬱だし、彼女は実家に帰っててくたびれる。俺は待ってた、この朝を。昨日の消耗した気分も一気に朝と晴れた。

俺は何を食いたいのか、まず考えた。おにぎりが食いたいと思った。昨日作った抜群の出来の唐揚げと一緒に。

夜は難波でラーメンを食おう、DVDをもっと買おう。今まで映画をあまり見てこなかったから。

俺は外に出た。自転車に乗って、本当に清々しい朝はいつぶりだろうって感じだ。俺は今日の朝を愛していたし、彼女を愛しているし、ほんのすこしだけ自分を好きになってやってもいいのかもしれない、なんてほんの少しだけ思った。

コンビニについた。シャケ、ゆで卵入り、オムライスのおにぎりを買うことにした。シャケはエビマヨより10円高い。でもこの気分のいい朝は味付海苔なんかじゃなくて、ピシッといきたい。

レジは俺の前に二人、おっさんが一人で対応してる。

俺は並んだ。隣を見た。げんなりした。全て、この久しぶりに感じた気分のいい朝が崩壊していく音が聞こえた。

Shit!!クソが!!若作りした女と腐ったデブが二人で商品の陳列をしてる。笑いながら、クソ下らねえ会話の応酬。

俺はコンビニの店員をしてたからわかるんだが、いや、誰だってわかるだろう。俺の後ろにまた並ぶ。

アホはまだ話続けてる。

買い終わって外に出た帰り道、俺はもう何も食いたくなくなっていた。

ドラッグストアの前、咳止めシロップを買おうと思った。財布には10円玉と50円玉があるだけだった。

 


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