ダダイストとは

ダダイズムはヨーロッパに起こった反芸術の大々的なムーヴメントだ。

後にその精神はアメリカ、日本等様々な国に飛び火する。フルクサス、ネオダダ。

第二次世界対戦を挟み、ビートニク、ヒッピーへと変貌していくことになるカウンターカルチャー、社会に対する絶望を芸術で表現した最初の動きだ。

 

「ダダは何も意味しない。」

ダダイストの代表者、トリスタンツァラの有名な言葉だ。

ダダは無意味な演劇、無意味な絵画の中に何を示したか?

それは大戦の虚無感だ。ダダイストの行動は全て無意味を意味する。無意味を表現すると言う矛盾、無意味とは何を意味しているのか、それは俺の独自解釈だが、戦争の無意味さを身をもって表現しているのだと思う。

ダダイストであるジャックリゴーは自殺した。人生に意味などないからだ。つまり、ダダイズムとは虚無主義の体現でもある。

人間は無意味に耐えられない。脳が全ての物事を言語化するのと同じように、ダダイストはやがて無意味の中に意味を求めようとした。

シュルレアリスム実存主義への変貌だ。

シュルレアリスムの始まりは自動筆記に辿り着く。ダリが夢を絵に表したように、ダダイストたちは無意識に目標を定めた。無意識の表現、これは無意味ではない。

ダダイストは自殺するか、シュルレアリスムに移動した。でないと耐えられなかった。

人間は虚無主義のまま居続けることは不可能だ。神に生かされていると感じるだけでは生きていけない。生殖し、飯を食い、眠る動物のような生き方はできない。仮にそんな人間がいたとしても彼らは第四の欲求に、祈りを持っているはずだ。祈りは音楽であり、表現である場合もある。

ダダイズムは通過点でなければならない。だから持続しなかった。永遠にダダイストで居続けるには死ぬしかない。無意味である自分にもうすでに意味を求めてしまっているからだ。

虚無から実存主義に行き着くように、ダダはシュルレアリスムに行き着いた。

でも、俺が思うにだが、生きてる意味が無い人間は美しい。

自分の居場所に芸術を求めてる人間は、もっと無意味に、ウンコをするみたいに純粋に、覚醒剤中毒者が睡眠薬を貪り食うように自然に、芸術をすべきだと思う。

ただ、やるだけ、それが一番正しい芸術のやり方だ。芸術家である自分にたどり着いた人間はつまらない。

何者でもない、ただ表現せずに居られない、天性の、永遠に未完成のダダイストで居続ける努力が、芸術をやる人間に最も必要な、向上心だ。

なにもしないことによってなにかをしている、神に動かされるかのように、クソするみたいに、10日我慢したオナニーみたいな、そんな芸術以外はすべて芸術とは言えない。

ダダイストシュルレアリスムに移行する前のためらい、俺はそれだけをして、それだけを見ていたい。

完成した未完成、それだけを永遠に求め続けたい
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