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ダダイストとは2

ダダが滅びた理由に関して俺は、虚無主義実存主義へと変貌を遂げていくのに似ていると以前書いた。

もうひとつあると思う。

確かツァラだったと思うが、いや、ダダイストは言ってるし全員が思ってることだと思うが、ダダは死んだって言葉がある。

何故死んだか?クソ追随者のせいだ。

日本のネオダダが何故ネオダダと名乗ったか。厳密にはダダと離れているからだ。

ダダは無、だ。"作り出す気"などない。そもそもカウンターカルチャー、社会に対する反発であれど、ムーヴメントではない。

虚無感の昇華、それさえ終えれば"終わるもの"なのに、"死んだ"。何故か。

ダダイストを名乗るやつのせいだ。

段々規模が大きくなるにつれ、みんな真似し出す。

メルツバウを作っていたクルトシュビッターズ、俺は好きだがダダイズムに参加できなかった。

クルトシュビッターズは一人でやりだした。でも、メルツバウは成功していることだと思う、だが、そんなやつが増えすぎたんだと思う。

ツイッターを開いていたらミュージックネオダダイズムなんて抜かしてるやつがいた。そいつのツイートを見ていたが、ダダからはおよそかけ離れていた。

ダダはカテゴライズするべきものじゃないし、ダダ宣言は皮肉であり、傍観者でしかない。ダダは名乗る人間が表現を定義するためのものでもない。

ダダイズムは追随者によって死んだ。終わる前に殺された。

ダダは無意味だ。俺は路上で友達とただただ叫んで、ダダを名乗ってたがすぐ辞めた。路上ミュージシャンの妨害、という意味が出来てしまったから。

ダダは何も意味しない。こんな討論無意味だが、ムカつくから書いた。