猫と女は望んでないときにやってくる。

もし、誰かに理解してほしい、愛をもて余して芸術をしてるなら、いや、その活動の良し悪しなんてどうでもいい、、有名になるなんてクソを拭く紙より訳に立たない、ガンジス川に流れていく蛆のクソ以下、、とにかく、なにか誰かに訴えかけたくて愛されたがって生きてるやつは、誰にも理解されちゃいけない。

苦しみってのはギフトで、解消する度に社会との折り合いがわかっていく。なのに、ガキの頃に理解されてしまったらそっからは何もやる気にならない。ボーッとしてるだけだ。

理解されないってことが理解されてるってことでもある。少なくとも、理解されるのが生きる目的になるから。

30過ぎたら世間と自分に折り合いがつく。嫌でも付き合い方が分かる。その時に理解者、女、愛するやつを見つけるべきだ。苦しまなくても出来るようになったときに。

何てね、偉そうなこと言うけど、"理解者"はお前が欲しがってるときに現れない。去っていってくれればいいんだがそういうわけにはいかない。

猫と女は望んでないときにやってくる。ボードレールだったっけ。

女はな、男友達と笑ってるところが好きやねん。ってのも知り合いに聞いた。実体験でもある。なんで俺じゃなくてあいつが好きなん?って聞いたら「俺と話してて笑ってるとこ」が好きで惚れた、とか訳のわからない話されてフラれた。

理解される、ってのはある意味完結であって、振り出しに戻るってことだ。

俺は彼女に理解されてしまった。理解されることだけを目標に生きてきたってのに、俺はもう生きる意味がない。

吐き出すものも吐ききれてないってのに、吐き気だけ抱えてどうしようも出来ずに立ち止まってる。またやることを探さなきゃいけない。

昔みたいに理解されたい、一人になりたい、って状況で生きたくて何度も別れたが、まぁ無理だった。結局一度理解されてしまうと、相手にうんざりするまでは自分の意思じゃ別れられない。

苦しめる時に苦しんどけ。お前の願望が完成したら、苦しむことは出来なくなる。出し切るまで理解者が出来たら、違う方法で自分の膿を出す方法を考えなきゃならない。それは絶対に、少しずつ流れていく膿で、理解のベクトル向いてるときの鮮血みたいにスピードに乗って飛び出る膿じゃない。

他人にされた肯定は、自分でした肯定よりも嘘臭くてなかなか信じられない。すげえ中途半端なもんだ。

何度も言ってるけど、未完成こそが一番完成された状態だ。

生きる意味は埋めることにある。埋まってしまったらもう死ぬか、もう一度壊してやり直すしかない。

もっと苦しみ、もっと出しきっておけ。徹底的に、死ぬほどな。気が狂うほど。

出しきれたときに自然に出会えるよ。安心しろ。