楽器が上手くなりたい人へ

「8時間練習した!」ってやつは、80年間8時間練習しても何の上達もしない。

自分が楽器に何を表現したいかわかってないやつはどれ程練習しても無駄だ。

上手くなりたい、そんな抽象的すぎる概念を音という、言葉の何倍も抽象的なものにできるわけがない。

音楽とは抽象的な表現だ。ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、で自分の頭の中の考えたこと、経験を表現するわけだから。

最近流行ってるラブソングは作り物過ぎる。匂いも、感覚も、手触りもない。音という、見えないものをリアルにするための音色加工も、使う楽器も、フレーズも、1曲の時間もあまりにも曖昧すぎる。

音ですべてを表せる。川で聞いてた音楽なら、何年後に聞いても川のことを思い出すとか、逆に聞けば風景が出てくる音楽とか。

クラシックなんかまさにそうだ。マーラーの巨人なんか聞くと、巨人があるいてるのを目で見たように見える。

8時間練習する時間があるなら、7時間自分がやりたい、出したい音について考える、あるいは行動し、それを1時間かけて再現すべきだ。

そもそも君の好きな演者は、練習なんてしていない。弾きたいから弾いてるだけだ。

自分のやりたいことを表現するためにはもちろん、昔の人が弾いてきたことの模倣も必要だろう。コピーとか。そういうのを練習って言うのであって、そんなものを死ぬまで何時間もし続けてても意味がないし、そのコピー曲の裏、タイトルに込められた意味、その人が何を表したいのかを考えることが必要だ。

練習より体験しろ。体験して思考しろ。思考して実現しろ。

音楽とは、自己表現、それ以外の意味を持たない。

才能とは、創造者の体験と思考の蓄積の重さで出来上がる。