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現在までの自分の活動を振り返るその2~道頓掘スカム、Noise M@ster シンデレラガールズ~

ライヴに出るまえに解散したユニットとかは腐るほどある。スタジオでジャムっただけのも言い出せばきりがないので、記憶に残ってて音源があるものを思い出せる限り書き出しておきたい。俺の黒歴史

まずはじめてスタジオに入り、曲も決めず即興で録音したデモ音源を作ったのを覚えてる。そのときに俺がはじめてドラムをやった。どつきながら叫んで、黒いレースの女の呉川がはじめてギターを弾いた。出来た曲を道頓堀スカムって名前にした。没テイクだったが、何年後かに聞き返したらすげえ面白かった。というか、クソすぎて本物のスカム、文化祭の軽音楽部よりひどいものが撮れた。その音源は呉川のテープに入ってる。

そっからデモテープはクソほど作った。アシッドフォークデモを作って配ったが、酷評どころか返事が何一つとしてこなかった。

このころは、よくわからない即興音楽をしてる人たちとよくスタジオに入った。

記憶にあるかぎり、一度関西屈指のスカムドラマーと、瀕死衣料の方にヴォーカルをしてもらい、知り合いのパンク好きなバンド経験ゼロの人に留め具がないだるだるのギター、黒いレースの女のギター、俺がベースでNOISE M@STERシンデレラガールズを組んだ。

ライヴは一度もせずに解散。スタジオ2時間で録音。ビートルズノルウェイの森とかジッタリンジンのプレゼントをやった。はじめの方適当に歌い、そこからはめちゃくちゃ速く弾いて叫ぶ。ドラムはスネアを叩くだけ。クソすぎて最高に楽しかったが二度としたくない。

タブラ奏者の方にドラムをしてもらい、自分がベースでスタジオに入った。奇跡が起こったと言ってもいい。めちゃくちゃいいかんじでストーナーをやれた。20分ぐらい休みなしにジャムってた。それを2本ぐらいやった。めちゃくちゃ楽しかった。

俺が成功したのはそれだけ。次に入ったときはダメだった。なんにもできなかった。

その次はバンドすることになった直後に解散した。何となく喧嘩した。バンド名なし。スタジオなし。

バンドをやるってなってスタジオに入ったが、友達と揉めてすぐに解散バンド名すらない。

ヴォーカルのやつはラップをさせようってことだったがシンセをやりたいとか言い出して大いにもめた。俺はめちゃくちゃ遅刻した。

その次もスタジオなしで解散

このとき、音楽、バンドを組むのは諦めた。

以上、スタジオワークはライヴより酷い。