自傷行為について

不安定なシーソーの上で突っ立ってる。現実ってやつを素直に見ようと、俺がどこに立ってるのかみようとすればするほど不安定になってく。

純粋にこの場に居ることを信じられれば楽な話なんだが、人間そうもいかずに確かめたがる。

金が、愛が、女が、、。そうやってなにかを追い求めジブンの存在を確かめようとして失敗したときに人間は後悔する。

リストカット合法ドラッグ、酒、、。

俺は精神病院に通ってたことがある。その帰り道、うんざりしながら項垂れながら、なにかを探してTの町をぶらついてた。

汚い店構えだった。T飯店。炒飯ラーメンセット780円。

タバコを吸ってる亭主、馬の話をしてるおっさん、水を配ってる亭主の嫁さん。俺は何となくフラッと入ってみた。

出てきた飯はとんでもなく普通の家庭料理みたいなものだった。はっきり言ってクソ不味い。

最悪だ。なにかを探すための僅かな小遣いから遣り繰りした780円がこのクソ不味い炒飯ともやしとネギと固い豚肉の浮いたラーメンに姿を変えてしまいやがった。

780円を不味い飯に変え、胃にぶちこみ、俺は外に出た。清々しいほどイラついてた。

そのとき、俺は気がついた。その頃は高二で、言語化出来てなかったがいまなら言える。

不味いものに金を払って食うって行為は、自傷行為だ。

僅かな金を捨てるより気分の悪い使い方をする、このやり方に俺は気に入った。

そこからは俺は専ら不味いものを食うことに専念した。

世の中には耐えられないほどつらいことがある。そのなかでも比較的、耐えれるつらいやつを発散するときに自傷行為~クソ不味飯~をやることにしてる。

缶コーンが入った炒飯、ナシゴレン~東南アジア風~、黒焦げの唐揚げに業務用マヨネーズをかけただけの弁当、そういう不味いものを食うと、自分を虐げた感じがしてたまらない。

昨日は芯ごとスライサーで千切りにしたキャベツの上に、冷凍唐揚げより不味い、惣菜の唐揚げより味の薄いべちゃべちゃした唐マヨ丼を食った。クソ不味かった。

俺は手首を切るより、クソ不味いものを食うことにしている。