スラッジ禅問答

ダダは何も意味しない。

さて、戻ってきたところで俺の話を聞いてもらおう

しばらく幸せな時間をすごし、しばらく鬱で、しばらくうんざりしていて、しばらく生きる希望があって、俺はブログに色んなことを書いてきた。

もしかしたら俺は、このまんま生きていけるんじゃないかって期待。

俺は自由だって期待。そんなもん、鼻から用意されていないのかも、でも、それは確かにあった。

俺は捨てた。

うんざりしていて、とっとと蹴りをつけたくて、でも何かに期待して、ケルアック、「狂ったように救われたがってるやつ」、そんな風にしか生きれない。

全くもってうんざりするんだ、救われると。

俺は一生、人生変えるほど、うんざりするほど悩むきっかけになった、俺が"クソ!"裏切った女と出会うことは死ぬまでないだろう。

それでいい、それでいいしそれがいい。

ちんたらたらたら誰にも理解されずに部屋の片隅で淡々とmacに小説を書き続け、次のライヴのコンセプト考える人生が一番似合ってる。

俺はあなたたちが大好きだ。

でも俺はあなたたちみたいにはなれない。

あなたたちが間違ってるわけでも俺が正しいわけでもない。

俺は単に、違う。

お帰り、疎外感、って感じだ。ここが好きだ。誰も居ない、誰にも話が通じない、俺はここが好きだ。

俺が他人に心を開いて理解されるときは死ぬときだろう。

それしか人生に希望がない。全くもって、失望して、うんざりしてるときが一番幸せだ。

俺のこと愛してるって?ありがとう。

俺はあんたらが大好きだ、そう、"死ぬほど"な!

ここは良い。まるで光がない。俺ってすっごく生きてて、すっごく光ってる。

なんにも見えないから幻覚で明かりを作ろう。

俺を愛してるなら、通過してくれ。