スラッジ禅問答

ダダは何も意味しない。

二年半ぶりに

実に二年半ぶりに高校の頃、"俺が大学に行くきっかけを作った"女友達に会った。

二人で話始めたけどぎこちなかった。2年半前に会ったのは、俺が大学に入学して、その子に彼氏が出来た頃だ。3年以上前が一番仲良くて、一緒にバンドをしていたり電話をしまくったりしていた。

二人とも変わり果ててしまった。

俺がその子の環境で過ごしていたら今のその子になっていただろう。

その子が俺の環境で過ごしていたら今の俺になっていただろう。

俺たちはずっと絶望しきれてなかった。何かに期待して何かを追い求めて何かになろうと右往左往していたが、お互い理解してくれる恋人を見つけて、絶望した。

幸せってやつはある意味終わりでもある。

うんざりした、とにかく、俺たちはうんざりしてしまった。だからお互い、誰かわからない相手としゃべってる気分だった。

あの頃みたいに話せれば、と思っていたが、結句、長く居るにつれて昔の感じが戻ってきて、色んな話をすることが出来た。

もう、俺のアドバイスがその子を救うことはないし、その子のアドバイスが俺を救うことはない。

もう、二十歳で、大人で、お互い、考えてるようには人生が進まないこともわかってしまった。

俺は俺で妥協して、その子はその子で妥協している。

その妥協点を晒し合うことで昔みたいにまた話せるようになったが、結局のところどこにも昔の俺たちは居ない。

俺は帰り際、「死ぬな、取り合えず。」と無責任に言い続けた。

全くもって笑える。

俺もその子も死にたいのだ。それは、死にたい、何て言って人生に期待を残してるやつらの言葉じゃなくて、「今は生きていられるけど」の前提がついてる。

今俺たちは俺たちなりに土台があってその上で立って生きてるわけだが、その土台が崩れたら、もう一から作る気もない。

生きてたら楽になる?時間が解決する?

結果論だ、その考えに辿り着くまで生きていればの話だ。

今は俺たちは生きていられる。

でも、俺たちは誰よりも顔が死んでいる。それは俺たちにしか分からないだろう。

腐った人生で、俺にも生きる軸が欠けてるってのに、「生きる軸を探せ」だの言ったが

なぁ?

理屈抜きにして、生きてる理由って何なんだ?