スラッジ禅問答

ダダは何も意味しない。

自殺について

今年の六月に起こったことについて、書き出そうと思う。

4月ぐらいからベッドから起き上がれず、家に帰る途中も電柱ごとに5分座り込んで帰る、そんな生活だった。

鬱になった時に限って同棲してる彼女とは仲が悪くて家に居られない。

家に居てもしんどいから外に出るが外は外でヘロヘロだった。

女友達にはコンプレックスをほじりだされて恋愛関係はないけど、どんどん依存し、依存されていった。

最早思考する力もなく、吐きながら学校に行き、震えながら家に帰った。

その日バスに乗ることが出来ず、俺は歩いていた。

体がふらふらになる。宙に浮いている。

こんなこと、昔もあったっけ。

高校の頃、派遣のバイトをしながら、帰り道、モノレールのホームで片足を宙に突き出して笑ってたっけ。

街灯に誘われる様にして歩く。少しずつ駅に近づいていく。目の前に白いカーテンみたいなのがこっちを指差して笑ってる。俺はそれを無視することだけに集中して過呼吸になる。

「俺も鬱やわ。」なんていうやつがいるが、何故鬱のやつが俺に電話してくる元気があるんだろう?俺にはない。誰にも話せないのだ。

無理だと悟り、駅前についた。電車に飛び降りるのは怖じ気付いて無理だろう、それに金が発生して親に迷惑をかける。

駅の前のマンションを見上げた。これだ、そう思った。

そう思いながらも足が出ない。

「どうして死ななきゃいけないんだ。」

「お前は死ななきゃいけないんだ。もう満足しただろ、色んなことも経験したし、この先は地獄だ。」

頭の中で二人の俺が闘っている。その間タバコを吸いながらずっとマンションの前で座っていた。多分40分ぐらい。呆けたように、ただ座る。

どうにもならないんじゃないか?もう終わりかもしれない。マンションの一番上の階がやたら眩しく光ってる。

そんなとき、死にたがってる俺が根負けした。

「確かにそうだ、派遣の時に死ねなかったんだ。だからお前は死ぬタイミングを見失ったんだ。」

俺はぐったりして少しずつ、ふらつきながら電車のホームに向かった。

ホームの端に笑いながら、泣きながら向かい、「本当に飛び降りなくていいのか?」と自問自答する。 

俺はiPodUAを聞いた。

来た電車に飛び乗ってそのまま号泣した。

 

最近思う。

自殺ってのは誰にも止められない。

俺は未遂ですらない。だから偉そうに言ってる、本当に首を吊った人からすれば大したことないかもしれない。

結局のところ、自分を救ってやれるのは自分だけだ。

俺は月に一度風俗に行って、性行為よりもカウンセリングとして活用している。

裸で、苦労してる女の人に頭を撫でてもらい、肯定してもらう。それでなんとかやり過ごしてる。

何か、休息を見つけてほしい。

無理なことは辞めればいい。

一度自殺について考えてしまうほどに落ちてしまうと、常に片時も離れず死は囁いてくる。友達に電話するような軽いノリで。

「なぁ、明日どう?死ぬ?洗剤で硫化水素もありだし、ロープ買ってきて首でも吊る?何がいい?」

俺はそれを笑いながら、俯瞰で見るようにしている。

その方法は、コントに、漫才に教えてもらった。

うつ病をバッドトリップだと仮定して、いつかは治る、これはバッドトリップだ。どうせなら楽しもう。

そう思い込むようにしている。

中島らもは「その日の天使」って言葉を残してる。

自殺と闘っているときに「石焼きイモ、オイモ」って声が聞こえてきて思わず笑ってしまったらしい。

何がその日の天使かはわからないけど、俺はそれを見て笑うために生きようと思っている。今のところは。