スラッジ禅問答

ダダは何も意味しない。

燦々と

美空ひばりの愛燦々を聞きながら書いている。

鬱、という字はおもしろい。

木、缶、木。

木の間、奇妙にある缶がその人は不気味に感じるんだろう。

鬱病、ってのは何か、それをうまく伝えることはできないし、俺は別に自分が鬱病だから治療しよう、とも思わない。

この鬱、この感覚は、何物にも変えがたいギフトだ。

一歩間違えば死んでしまうけど。

例えば、路上で昏睡していたり、1時間近くア、ア、ア、ア、ウウ、ウ、としか話せず、「オ、オ、オレワァ、ソ、ソナコトイタイワケダナイ。(俺はそんなこと言いたい訳じゃない。)」なんて言うだけに1分もかかったり、無意識で咳止めシロップを飲んでたり、何をしでかすかわからないから

でも、鬱が治っている時に洞察力が深まったりする。

だから大切に付き合っていきたい。多分俺が生きる上での必要なものなんだろう。最低だけど、ブコウスキーはこう言っている。

「死に近づけば近づくほど書ける。」実際その通りだ。

一人で電車に乗ることは不可能だ。広告の宣伝だとか、遠くを飛んでいく飛行機、消火器、鉄橋なんかがリアルに、俺の前に迫ってくるから。

飛行機は墜落死、消火器は焼死、鉄橋は飛び降り。

全ての身近なものが、死をもってリアルに俺に迫ってくる。

俺はそれを少し楽しむ余裕がある。

俺のことを助けたいなら、大丈夫?なんて聞いてくれなくていい。

大丈夫だから。別に乗り越えてしまえば終わりの話だ。

首吊るぐらいなら休んで浴びるほど酒を飲み、睡眠薬を飲んで寝るだけの話だ。 

大体年に2回、1ヶ月程度、どんな言葉も「死ね!」に聞こえるときがある。

愛燦々、金子みすゞ、達観した女の言葉しか響かない。

どんな音楽も、ツェルビダッケのリスボンライヴも、ジョアンジルベルトも、聞けない。

映画も本も絵も、お笑いの動画も、何を見ても何も感じない。

でもね、大丈夫、1ヶ月程度でもとに戻るから。そうなれば酒も飲まずに済むだろう。あなたの優しい言葉もすんなり受け入れられるでしょう。

本当うんざりだ。木の間の缶、シュルレアリスムみたいに腫れ上がった世界に居る。

 

自殺は誰にも止められない。

自分しか味方がいない。

絶望すれば光がわかる。光の中では光を理解できないから。

彼女と一杯散歩して、家系ラーメンを食べて疲れたから寝るよ。

読んでくれてありがとう。