スラッジ禅問答

ダダは何も意味しない。

風俗ダダイズム宣言

取り合えず俺はPTSDだか鬱だか陰性の統合失調だかADHDだか性虐待だかなんだか知らないけど、精神を病んでいる。

知り合いの人に鬱病が多い。

とある人は「私はゆっくりと動くようにしてみている。」

とある人は「指をゆっくり曲げて自分の身に起こる変化を除いてごらん。」

とある人は「自分を上から見下ろしてみ。」

共通して言えるのは、自分を見ている、という点だ。

今は鬱でものすごく脳が速い。

なので、普段気づかない自分の変化に気がつきやすい。自己分析がしやすい。

俺は他人と飯を食う、他人と同じ空間で寝る、他人と性行為をする。これが著しく苦手だ。

まず飯は、好みから、箸の使い方、食べる順番、あまりにも情報量が多すぎる。

他人と食っているとたまに吐きそうになる。だから他人と食うときは丼にしている。情報量が少ないからだ。

次は寝る場所。寝るという行為は一番素の自分を他人に晒す行為だ。寝言を聞かれたり、寝方を見られたり、隠せない分、ものすごく苦手だ。

性行為は他者と純粋な点で比較されるところが嫌いだ。肉体的なハンデであるとか、ものすごく自分自身で居なければならない状態で一番苦手だ。

さて何が言いたいか、俺は自己を他人に見せるのが死ぬほど嫌いだ。

何故blogを書いているか?言葉によって自己を埋めつくし他人に見えなくするためだ。

少なくとも、俺は普段、このようなことを考えていない。

「焼きそばに紅しょうがは合うよな」とか「肉まんにはカラシをつけないと物足りない。」とか「あいつは髪の毛が長いからかわいいのであって短いとブスだ。」とかそんなことばっかり考えている。

さて、前置きはこの辺りまでにしておこう。

今日は昨日3時間と今日2時間で、まぁ、全然寝ていない。

冴えた頭で面白い思い付きを考えたので、聞いてほしいと思う。

 

完璧な女装をして風俗に行きたい。

香水から格好、化粧まで、完璧に自我を打ち消した状態で他者と会話、および肉体的な接触をすればどうなるのか?

これはめちゃくちゃ自己を俯瞰で見られるし、情報量が桁違いだし、めちゃくちゃ面白い思い付きだ。

 

その2

 

完璧に台本を書いてシナリオ通りに進行するSMを行いたい。

よって過去に体験したセックスをもう一度俯瞰で確認することにより、その時何を考えてそう言った行動を取ったのか?

それに対する相手の否定的なイメージをあえて意図的にこちらで操作することで肯定に変えてしまい、受け入れられるのではないだろうか?

 

一月に一回風俗にいくつもりだ。こう言ったことを試しまくり、一体自分とはなんなのか?を見つめたいと思う。

少なくとも、風俗嬢は、いいのに当たれば心理学者並みにこちらの心を読んでくれる。

いかにして傷つけずにされたくないことを相手にさせない、それを自然であるかに思わせるかのテクニックが尋常じゃないからだ。

それに自己に置ける否定的な感情を、性行為という圧迫的で恐怖と不快が伴う行為を終えたあとの、リラックスした状態になることで他者に自己を吐き出しやすくなる。

それに対する反応は必ず肯定だ。50のババアは否定だったが、あいつは50年も生きてて最低限度の自己理解もしてないバカだから取り合えず置いとこう。そんな馬鹿も居るが、大抵は自己の嫌な部分を肯定してもらえる。

自分では肯定出来ないことを肯定してもらうことによって、その行為、或いは感情は肯定すべき事象なのか、否定すべき事象なのか、はっきりと分かるようになる。

 

風俗は偉大だ。いろんな店がある。でも、何故風俗カウンセリングがないのかものすごく疑問だ。

性虐待とか色んなトラウマを克服する風俗があってもおかしくないはずなのに。SMがあって風俗カウンセリングがない風俗事情がよく理解できない。

リピーターを確保しやすいしとてもいいと思うんだけど。

 

以上、風俗ダダイズム宣言